【札幌 弁護士コラム】士業の悩みと螺旋的発展

おはようございます、荒木でございます。

 

今日は、ジムに行った後、

積み残しになっている仕事をやり、

夕方から映画を見に行こうと

考えております。

 

さて、士業の悩みというのは

いろいろありますが、

1つ共通して抱えている

大きな悩みというのがあります。

それというのが、法律や正義を

優先するのか、クライアントの

望みに従うのか、ということです。

 

この悩みというのは、士業である以上、

ほぼ宿命的に抱える課題であると

いえます。

それというのも、1つには法律知識の

量がクライアントと士業では違うため、

どうしても士業は法律を

説明したくなるし、

それが仕事である、

と考えるのが自然であるからです。

もう1つが、士業それぞれの

職業倫理観があり、正当な方法で

やらなければ職業倫理に反すると

解され、場合によっては

所属団体による懲戒等が行われる

可能性もあります。

 

一方で抱えるのが、

そのように四角四面に法律解釈を

クライアントに押し付けるような

ことになれば、クライアントとしては

面白くないのであり、

そのような士業に対しては依頼を

行わない、という意思決定をする

ことになる、という矛盾です。

 

このような悩みは、何か解決するような

特効薬があるような話ではありません。

士業である以上、一生悩み続けなければ

ならない問題なのかもしれません。

 

しかし、答えのないようなこのような

問題に悩むことが無意味か

というとそうではありません。

弁証法を有名にしたヘーゲルは、

「事物の螺旋的発展」ということを

述べています。

これは簡単にいうとすれば、

物事が発展する過程においては、

一定の命題に対しその反対の命題があり、

その間を往還させることにより、

徐々に議論が高位に上っていく、

といったような理論です。

 

そのことを前提とすれば、

士業がこのような悩みの中で

逡巡することは無意味ではありません。

かくいう私もこのような悩みの

真っ只中にあるといっても過言では

ないでしょう。

しかし、「螺旋的発展」の構造を

持っていることが確かだとするならば、

そうこうしている

間に少しずつでも実現したい世界に

近づいて行っている、という

ことではないでしょうか。

 

このように、一見、行ったり来たりを

繰り返しているだけのように見えても、

実際には発展、成長しているという

こともある、というのも一つの

世界観の持ち方ではないでしょうか。