【札幌 弁護士コラム】芸能界にみる契約書作成の難しさ:契約が守れなかったときどうするか?

東京最終日です。

今日は午前中はホテルで作業、IT業界で活躍中の若手とランチをご一緒して夕方に札幌に戻ります。

 

さて、芸能関係の方と会食したお話を書きましたが、その中で例の吉本興業の話題が出ました。

吉本興業の問題で1つの論点が「契約書が必要ではなかったか」という点です。

 

このことに関して、弁護士目線としては、契約内容の確定のために当然に契約書は必要なのであり、契約書の作成を怠ってきた吉本興業にはコンプライアンス上の大きな問題があるように考えられます。

その一方でこの芸能関係の方が仰るのは、「仮に契約書があったとしても結局、実態が優先されるのであり、それに芸能人側が反抗すれば辞めさせられてしまう」ということ。

そして「一回辞めさせられてしまったら芸能界で復活は不可能である」ということでした。

 

このご指摘は契約問題に関して常に付きまとっている問題ですが、特に芸能界ではその問題が先鋭化しているように感じられました。

 

契約書が存在するということと、契約内容が実行されるかということの関係については次のように整理されます。

すなわち、(1)契約交渉により契約内容が決まる、(2)決まった契約内容を契約書として記録に残す、(3)契約書に記載された通りに双方が行動する、(4)契約内容に反した行動を取れば契約内容に従って制裁を加える(契約を解除する)、ということです。

上記の問題に関していえば、(4)の部分が機能不全に陥っていると分析できるかと思われます。

 

ではなぜ(4)が機能不全になっているかというと、他の話とも総合すると、外部市場が満足に存在しないからであるように思われます。

すなわち、芸能人が事務所と契約した後、事務所が約束通りの報酬を支払わない、契約にない仕事を押し付けてくる、といったようなことがあった場合、芸能人としては事務所との契約を解除するという選択肢が生まれます。

しかし、ここで解除した後、別の事務所に移れなければ実質的に芸能活動を行うことが困難になってしまうという現状があります。

(ここまで書いてきて思い出しましたが、鈴木あみ事件にもこのような背景がなかったでもないかと思います。)

 

このように、実は契約書を作ってもその執行可能性があるのか、契約書どおりに執行したとして結果的にプラスの結果が残るのか、という部分が吟味しなければなりません。

そのようなわけで、契約書を作る際には、予めこのあたりまでのことを考えて進めなければならないという難しさがあるということなのです。