【札幌 弁護士コラム】「メタ認知」の有無が成長を決める

昨日から東京に来ておりましたが、今日は終便で札幌に帰ります。

今日は朝から積み残しのタスクをホテルでこなし、夕方には同期で第一線の法律事務所で活躍している弁護士と、東大大学院で世界平和のための研究をしている後輩と一杯やってきました。

 

さて、学歴や経歴が優れている人の陥りやすい罠として、自らを客観視できなくなるというものがあります。

これを言い換えると「メタ認知の欠如」といえるかと思います。

古くは、能の世界を確立した世阿弥が風姿花伝で書いている「我見、離見、離見の見」という言葉のうち「離見の見」、すなわち舞台に立っている自らが意識を客席に飛ばし、客席から自らがどう見えるかという意識を持つべし、と述べていることと通じます。

 

このメタ認知の欠如がいかなる弊害を生むかというと、2つのことが指摘できるのではないかと思います。

 

1つは、他者を見下すことによってその人の美点を見落とすという部分です。

すなわち、例えば価値基準が学歴にしかないような人であれば、学歴が下の人が持ち出してきたような意見は、その属人性のみによって取り合おうとしなくなります。

それがいかに優れた意見であろうとも、既に学歴スクリーニングによって受け入れられないものとされている以上、受け入れられることはありません。

そうであるがゆえに下に見ている人からの意見から自らの行動を改善しようとする動きは生じ得ず、その分、成長の機会を失うことになります。

 

もう1つは、上級者に対する信頼というものを生じ得ず、深い部分を掴めなくなるという弊害です。

これは非常に抽象的な部分であり、何をもって上級者であるかと定義するのが難しいものですが、人の力量という部分において上級か下級かということは厳然と存在します(証明が難しい部分は否定できませんが。)。

その中において、自らの評価を誤っていれば、上級者の述べたことに対してまず疑ってかかる態度を取ってみたり、自らの考え方と会わなければ直ちに異論を述べたりするようになります。

もちろん、上級者であろうと他者が述べている見解を盲信することが望ましいことではありませんが、ここで述べたいのは深い部分を理解できる余地があるかどうかという観点です。

上級者であれば、物事を理解している範囲が広く、深く、それであるがゆえに下級者は上級者の認識と全く同一の認識をすることができません。
そうであるからこそ、上級者に対してはより深い学びを得るべく、その世界観をつかみ取ろうとしなければ、十分に学ぶことはできません。

この点において、メタ認知が欠如していると、相手が上級者かどうかという判断がつかず、結果的に、上級者から学ぶことができなくなってしまいます。

 

メタ認知は、このような観点から、成長を志す人にとっては必須のものといえるのではないでしょうか。

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