【札幌 弁護士コラム】マウンティング考:「高圧的なだけの人」と言われないために

昨日は社労士の湊秀樹さんと夕食をご一緒させて頂きました。

 

湊さんのご紹介で昨年11月にできたばかりのお店に行きました。

 

カウンターだけのこぢんまりしたお店で、ちょくちょくお伺いできればと思いました。

<MINATO総合事務所 HP>

http://www.minato-office.co.jp/

 

さて、世の中にはやたらとマウンティングをしたがる人というものがいます。

 

マウンティングとは、相手より優位な立場であることを見せつけ、自らに服従させようとする行為のことです。

 

もちろん世の中の歴史から見てみたら、人より上に立つということは覇権主義として歴史上は通常に起こり得ることであり、人間の本質的な性格なのかもしれません。

 

ビジネス上でいえば、マウンティングは、自分がいかに優れており、いかに有用かを見せつけることによって、例えば営業のツールに使ったり、交渉を優位に進めようとする場合に用いられます。

(そういえば世の裁判官も大半は、弁護士に対してマウンティングしてきます。)

 

それが時には功を奏し、自らの思う方向に相手をなびかせる効果をもつこともあります。

 

このため、短期的に見ればマウンティングを活用することにより一定の利益を享受することもあるでしょう。

 

しかし、マウンティングには問題が2つあるのではないか、と思います。

 

1つは資源の枯渇の問題です。

 

マウンティングは、自分より下を意のままに操り、その人の利益を食ってしまうため、その人のリソースを奪い取る効果をもたらします。

 

そしてどんどん人が集まってくれば良いのですが、やはり「そういう人には近づきたくない。」と考える人も出てくるわけで、延々とリソースが供給されるものではありません。

 

このため、リソースを「刈り取る」ような現象が起こり、場合によってはマウンティングをしようとする人にとって資源が枯渇してしまうこととなってしまいます。

 

もう1つは力量の上の人には通用しないという問題です。

 

当然のことですが、マウンティングは自分より力量の下の人にしか通用しません。

 

例えば、資産が10億円あるという人が金持ち自慢をしようとした場合、資産がない人に対してはそれができるでしょうが、資産が100億円の人にはできるはずがありません。

 

このようなことは様々な力量において同じことがいえます。

 

そうすると、マウンティングに頼り切ってしまっている人は、力量が上の人に対して語る術を持たないということになってしまいます。

 

これにより力量が上の人から学ぶことができなくなってしまい、それ以上、力量を伸ばせない頭打ち状態を迎えてしまいます。

 

これが2つ目の問題です。

 

いずれにしてもマウンティングを過度に用いることは自らを危険に追い込むことになってしまいかねません。

 

自らの努力や成果といったものはもちろん他人にも知ってもらうべきものでしょうが、それがマウンティングのように押しつけがましいことになっていないかは常に意識しておく必要があるのではないでしょうか。