【札幌 弁護士コラム】改めて思う共通項を持ち、握ることのできる人間関係の重要性

今日は大寒の滝を取ってきました。

マイナス7℃とやや冷え込んでいましたが、先週に比べたらまだ寒いわけでもない状況でしたが、非常に厳しく、またそれであるがゆえに非常に清々しい滝でした。

今年も1年頑張っていけそうな自信が芽生えました。

さて、私は札幌に来て6年余り、独立して4年余りになりますが、お陰様で多くの方からご縁をいただくことができました。

これもひとえに周りにいてくださった皆様のおかげと感謝しておりますが、その中でも特に感じることがあります。

それはやはり何らかの共通項を持つことは大切だということです。

例えば、今日の滝行においても非常に多くの方とご縁を頂いており、自然な形で距離が近づいて行きますし、たまにひょんなことで仕事上の知識でお役に立てることもあったりします。

これは別に私が営業として入っているという趣旨では全くなく、やはり滝という共通点を有しているからであるに他なりません。

それではあるが故に滝に関する話で盛り上がり、仲良くなってしばらく経ってから「そういえばお仕事って何をされてるんでしたっけ?」といったような会話も珍しくありません。

もちろん仕事に対するウエイトは人それぞれですし、私のような自営業でない方にとっては、滝は仕事を忘れる場であったりするかもしれません。

それであるが故にフランクに、魂で通じ合えるという関係性が築かれるのかもしれません。

また、私は勉強会などにも多数参加していますが、やはりガチな勉強会では同様な方も多くお知り合いになったりします。

これもやはり勉強の内容で盛り上がって、しばらくしてから「ところでお仕事は…。」という展開が多くあります。

一方でお金の関係であったり、仕事を貰うあげるといった立場での関係であったりすると、このようにフランクな会話にはなかなかなりません。

仮にお金や仕事で繋がっていたとしても、お金や仕事がなくなってしまえばその時点で関係性が途絶えてしまうのが通常です。

このような関係性というのは、お金や仕事が途絶えないように、常に緊張感を持ち、ピリピリした人間関係になってしまう可能性があります。

もちろんビジネスの最先端とすればこのような状況は不可避なのかもしれませんが、これが健全かというと私は健全ではないように思います。

人間関係を構築するのは、やはり魂と魂の共鳴であったり触れ合う心であったりするはずです。

そこが根本にあるにも関わらず、表面的なもしくは即物的な関係性だけに終始してしまうというのは非常にもったいないことです。

却って、物質的なものに着眼したとしても、人間関係ができている状況で物の売り買いをすることと、全く人間関係がない中で物の売り買いをすることでは圧倒的な負荷の差異があり、当然に人間関係ができているほうが売り買いが活発になります。

「握る」という表現がありますが、まずは人間関係を握ってからのお話であるというのは、自明のことであるといえます。

ネット社会が発展してきて以降、多くの人が指摘している通り、人間関係の希薄さというものは強調されてきてはいますが、本質的な部分としてはこのような人間関係の構築というのはいまだに極めて重要です。

チャンスもピンチも人に乗ってやってくる以上、人間関係というものは無視できない存在です。

それであるがゆえに共通項を持ち、魂のレベルで握り合える仲間の価値を再認識すべきではないかと思う、今日この頃です。